11月もあと少し。毎日、地味なお仕事に追われながら、頭の中は、踊りのことが右往左往しております。ほんの少し前に手を伸ばすような、そんな踊りをしたいな〜。
最近、手帳に、「その日料理したもの」をメモするようにしてる。「食べたもの」だと、多すぎるし、一回作ってそれを数日食べ続けたりするからわけわかんなくなるしね。だから、「作ったもの」。これが意外とおもしろい。自分の中のはやりや、料理の回数の波とか、そのときの機構とか気分とかが手にとるようにわかる。「この前、大根もらったの一週間前だったな〜」とかね!メニューをコントロールするつもりはないけど、どんどん消えていく食べ物や、料理の足跡を知るのは、おもしろいと思う。
2009年11月28日
2009年11月24日
ショッピング
2009年11月21日
スコーン!
2009年11月15日
喝
日々、いろんなことを、少しずつ、上ったり下がったり、しながら、過ごしています。最近は、稽古が一番かな、やっぱり。掴めたと思った途端に、するするっと掌から逃げていくダンス、身体、真実、、、がけっぷちにたって堕ちる覚悟を決めたとき、うそのように、救いの手があらわれてしまうのも、この世界の醍醐味。
でも、そろそろ、私も崖っぷちなのかな〜、なんていったら、いろんな人に「喝」いれられそうだ。
でも、そろそろ、私も崖っぷちなのかな〜、なんていったら、いろんな人に「喝」いれられそうだ。
2009年11月13日
いよいよ、厳しく
めっきり寒い。ほんとに寒い。防寒対策、ちょっとずつ始める。家の様子が変わり始める。冬です。
事業仕分けってやつで、案の定、文化芸術は「削減」ってことになったみたい。「案の定」って言っちゃってる自分が、それをあらわしてるよね。でもさ、重々わかってるけどさ、やっぱり寂しいよね。大学院でも、ずいぶん「評価」ってことを勉強してきたけど、でもさ、人生に「評価」ってあるのかね。「結果」がでないと、いけないのかね。。。
いや、「結果」はでると思うんだよ。必ず。本物であれば、必ず結果はでるよ。でも、それが、すぐにでるとは限らない。言葉で説明できるかはわからない。そんな「結果」もあるんだよね。
文化芸術って言葉に、もたれかかるのはよくない。でも、やっぱり、「本物」は削減されるべきじゃないと思う。でもでも、「本物」が少ないのも事実かもしれない。そう思うと、「案の定」って言っちゃうわけで…。
事業仕分けってやつで、案の定、文化芸術は「削減」ってことになったみたい。「案の定」って言っちゃってる自分が、それをあらわしてるよね。でもさ、重々わかってるけどさ、やっぱり寂しいよね。大学院でも、ずいぶん「評価」ってことを勉強してきたけど、でもさ、人生に「評価」ってあるのかね。「結果」がでないと、いけないのかね。。。
いや、「結果」はでると思うんだよ。必ず。本物であれば、必ず結果はでるよ。でも、それが、すぐにでるとは限らない。言葉で説明できるかはわからない。そんな「結果」もあるんだよね。
文化芸術って言葉に、もたれかかるのはよくない。でも、やっぱり、「本物」は削減されるべきじゃないと思う。でもでも、「本物」が少ないのも事実かもしれない。そう思うと、「案の定」って言っちゃうわけで…。
2009年11月11日
長くなります
夜、ちょっといらいらとしてしまって、「あああっっっ」と、庭にでる。街灯がひとつ、お向かいの家のあかりがぽつぽつと灯る。しんとした、深い緑の、広く、静かな、我が庭を目前にすると、「生かされてるな」と落ち着いた。そして、あの子の背中も、ちょっとさすってあげられるようなメールを送ろうと思った。
ひろさちや氏の本に、「すべては苦である」とある。これは仏教の教え。四苦といって、「生きること」「老いること」「病むこと」「死すこと」これが四苦。ってことは、人生すべてが苦なのであります。「だから、すべてを受け入れなさい」と。見えぬ「幸福」を探し、きょろきょろ外をみるのではなく、あるがままでのんびりいきなさいと。
そんな言葉を思い出して、「ああ、まあ、いいか」とあきらめた。(ちなみに、「あきらめる」とは「諦める」ではなく、「明らめる」の方が、本来の真意だそうだよ)そして、気が楽になった。笑顔がでた。
ちょっと長くなるよ、
これまで数人の人に「『頑張る』ってのはよくないよ、頑張るってのはきばるってことでしょ、それはよくない。『いいかげん』にというのがいい」と言われた。博識的な男性に言われることが多かったかな。
でも、私は、いやだった。
だって、「がんばってる」し、私。「がんばる」ことで、悔しくも、大変にもなるけど、それ以上に、幸せになれるし、嬉しく、あったかくなれるから。言葉ではわかるけど、身体感覚としては「頑張る」って言葉がやっぱりぴったりきてた。でも、ひろさちや氏の本を読んで、思ったの。すべては「苦」なんだから、それをひとつひとつ大切に受け入れるだけでも、それは、私にとっては「頑張る」って言葉だったんだ、と。「頑張る」っていう言葉が悪いんじゃなくて、ただ、「苦を受け入れる」という状態がよいのであって、それが「頑張る」という言葉になろうが、「いいかげん」という言葉になろうが、それは関係ないんじゃないかと。
私の「がんばる」は、人が思う「頑張る」よりも、ずいぶん、張ってないし、人と比べてないし、自由なんだよ。
でも、だからこそ、人に伝えるときは、言葉にはきをつけなきゃいけないんだね。私の「頑張る」と、あの人の「がんばる」と、世に言う「頑張る」は違うのかもしれない。
だから、もっと、私が、本当に「苦」をあるがままに受け入れることができるようになれば、「頑張る」という言葉を、正々堂々と使おう。
ちょっと支離滅裂でわかりにくいかな。
最近読んだ、ひろさちや氏の本が強く心にきています。この本には、というか仏教には、答えがない。あるがままの苦を受け入れたから、楽なれる、という方程式はない。ただ「あるがままに受け入れなさい」というだけ。その後は、あなたの心で、あなたの身体で、考えなさい、といわれてる気がする。それがいいのだ。こうなるというのがわかっていて、その手段をとるのなら、それは、宗教じゃなくて、仕事だ。仕事なら、もう十分担っているのです。これ以上は、いりません。もっともっと、大きく、広く、生きてみたいと思うのです。
ひろさちや氏の本、もうちょっと、いろいろ読んでみたいと思っています。
ちなみに、私のひろさちや氏、一冊目は、これ。

『のんびり生きて気楽に死のう』
ひろさちや氏の本に、「すべては苦である」とある。これは仏教の教え。四苦といって、「生きること」「老いること」「病むこと」「死すこと」これが四苦。ってことは、人生すべてが苦なのであります。「だから、すべてを受け入れなさい」と。見えぬ「幸福」を探し、きょろきょろ外をみるのではなく、あるがままでのんびりいきなさいと。
そんな言葉を思い出して、「ああ、まあ、いいか」とあきらめた。(ちなみに、「あきらめる」とは「諦める」ではなく、「明らめる」の方が、本来の真意だそうだよ)そして、気が楽になった。笑顔がでた。
ちょっと長くなるよ、
これまで数人の人に「『頑張る』ってのはよくないよ、頑張るってのはきばるってことでしょ、それはよくない。『いいかげん』にというのがいい」と言われた。博識的な男性に言われることが多かったかな。
でも、私は、いやだった。
だって、「がんばってる」し、私。「がんばる」ことで、悔しくも、大変にもなるけど、それ以上に、幸せになれるし、嬉しく、あったかくなれるから。言葉ではわかるけど、身体感覚としては「頑張る」って言葉がやっぱりぴったりきてた。でも、ひろさちや氏の本を読んで、思ったの。すべては「苦」なんだから、それをひとつひとつ大切に受け入れるだけでも、それは、私にとっては「頑張る」って言葉だったんだ、と。「頑張る」っていう言葉が悪いんじゃなくて、ただ、「苦を受け入れる」という状態がよいのであって、それが「頑張る」という言葉になろうが、「いいかげん」という言葉になろうが、それは関係ないんじゃないかと。
私の「がんばる」は、人が思う「頑張る」よりも、ずいぶん、張ってないし、人と比べてないし、自由なんだよ。
でも、だからこそ、人に伝えるときは、言葉にはきをつけなきゃいけないんだね。私の「頑張る」と、あの人の「がんばる」と、世に言う「頑張る」は違うのかもしれない。
だから、もっと、私が、本当に「苦」をあるがままに受け入れることができるようになれば、「頑張る」という言葉を、正々堂々と使おう。
ちょっと支離滅裂でわかりにくいかな。
最近読んだ、ひろさちや氏の本が強く心にきています。この本には、というか仏教には、答えがない。あるがままの苦を受け入れたから、楽なれる、という方程式はない。ただ「あるがままに受け入れなさい」というだけ。その後は、あなたの心で、あなたの身体で、考えなさい、といわれてる気がする。それがいいのだ。こうなるというのがわかっていて、その手段をとるのなら、それは、宗教じゃなくて、仕事だ。仕事なら、もう十分担っているのです。これ以上は、いりません。もっともっと、大きく、広く、生きてみたいと思うのです。
ひろさちや氏の本、もうちょっと、いろいろ読んでみたいと思っています。
ちなみに、私のひろさちや氏、一冊目は、これ。
『のんびり生きて気楽に死のう』
2009年11月08日
落ち葉の季節
今日も、ほんわかあったかく。家まわりの掃き掃除から一日がスタート。これが意外と大変。道路沿いにある、栗の木と柿の木の葉っぱがすぐに散らかってしまう。掃いた先から「はらはら」ときれいな景色。まあ、それもいいよね。この時期、とても乾燥してるから、落ち葉のカサカサした音がとても心地いいよ。写真は、うちの庭の紅葉。もう終わり間近。
畑にいると、しょっちゅう道を聞かれる。わかることから、わからんことまで。この時期は、ハイキングやドライブ客が多いからね。のんびり旅してる人から、なんだか焦ってる人から、いろいろな人。おもしろい。
そして、帰ったら、豚ブロックのたまねぎチャーシューと、生姜たっぷりスープをつくる。美味。スープには、ねぎ・生姜・大根・蓮根・ニンジン・えのきと、とにかく元気になりそうなものを放り込んで、最後にゆず胡椒で香りづけ。食べたらポカポカになって、体中真っ赤っかになったよ。こりゃいいや。
なんだかのんびりしてるようで、お仕事は結構ばたばた。どうしてもうまく時間がつくれない。いや、のんびりもしてるんだけど、それも込みで、やることも、やりたいこともあるし。でも、「のんびりな暮らし」の時間を削る気もなく。これが原因か。でも、それでなきゃ、きっと、やってられない。
モチーフ編みマフラー、こんなに大きくなったよ!もうちょっとがんばって、ストールになるくらいにしたいんだ。12月に行く山形にむけて。それと、世田谷美術館のパフォーマンス、なんと年末の寒さが予想される中、野外パフォーマンスなんだって、、、このストールが役に立ちますように、、、
2009年11月07日
土曜の朝
朝から忙しいぞ!
ゴミだして、洗濯して、洗い物と料理して、畑にもいって、藤野散策して、編み物もしたいし、本も読みたい。そんで、ちょっとだけ仕事して、、、
晴れてあったかい朝日を浴びると、なんだか「やらなきゃ」が「やりたい」に変わってくるから、不思議。
ゴミだして、洗濯して、洗い物と料理して、畑にもいって、藤野散策して、編み物もしたいし、本も読みたい。そんで、ちょっとだけ仕事して、、、
晴れてあったかい朝日を浴びると、なんだか「やらなきゃ」が「やりたい」に変わってくるから、不思議。
2009年11月04日
冬の入り口
毎日、寒いですね。藤野の山ん中は、身体の芯にひびく寒さです。でも、その分、晴れた昼間の縁側や、太陽の光をいっぱい浴びた土の感触や、たっぷりためたお風呂や、ほくほく野菜たっぷりの鍋、のあったかさを感じたとき、涙がにじみそうなくらいの喜びと幸せを感じます。「生きてるな〜、生かされてるな〜」って感じ。
こんな気持ちでいっぱいになるようなダンスができたら最高だな、と思う。
こんな気持ちでいっぱいになるようなダンスができたら最高だな、と思う。
2009年11月01日
もう
11月だよ。2009年もあと2カ月なのね。はやいような、もう十分なような。
今日は、クリームシチューを作りましたわ。何の変哲もないやつですが、おいしいです。
今日は、クリームシチューを作りましたわ。何の変哲もないやつですが、おいしいです。

